おはようございます、Ro(@rosumiblog)です。
2022年3月15日〜3月31日に独立行政法人日本スポーツ振興センター(JSC)主催でオンライン開催されたハイパフォーマンススポーツ・シンポジウムに以前参加していました。シンポジウムのテーマは「コロナ禍で得た教訓:ハイパフォーマンススポーツアスリートのディトレーニングとリトレーニング」。全6講義での学びを講義ごとに分けて投稿していきます。
今回はその第1回目、出演者はJulio Tous-Fajardo, Ph.Dでタイトルは「プロサッカーチームにおけるコロナ禍のトレーニング:エキセントリックオーバーロードと傷害予防」。
エキセントリックトレーニングって何?
今回の講義のキーワードであるエキセントリックトレーニング。そもそも「エキセントリックトレーニングって何?」という人もいるかと思います。エキセントリックとは筋収縮の仕組みの1つです。これから主な3種類の筋収縮の仕組みを紹介します。
- アイソメトリック
- コンセントリック
- エキセントリック
アイソメトリック
アイソメトリック(等尺性収縮)とは、筋肉自体の長さが変わらなくても筋肉が力発揮をしている状態をいいます。例として、握力測定や背筋力測定をするときに発揮されます。
コンセントリック
コンセントリック(短縮性収縮)とは、力を出しながら筋肉が短くなっている状態をいいます。筋肉が収縮することによって物に力を加え、加速度や運動エネルギーを与えます。ジャンプの跳び上がるときやバイセプスカールで重りを持ち上げているときに発揮されます。
エキセントリック
エキセントリック(伸張性収縮)とは、力を発揮しながら外力によって筋肉が引き伸ばされている状態をいいます。運動にブレーキをかける役割があります。ジャンプの着地するときや減速するときに発揮されます。ジャンプの着地では体重の5〜10倍の大きな衝撃があるからブレーキをかけながら軟着地しなければならないので、エキセントリックは運動において重要な役割を担っています。
エキセントリックとコンセントリックとでは使われている筋繊維の数が違い、エキセントリックの方が使う筋繊維の数が少ないです。反対に、エキセントリックは筋繊維1本当たりの力発揮がコンセントリックよりも大きく、アイソメトリックの最大筋力よりも1.5〜1.8倍もの力を出せます。
エキセントリックトレーニングとは、エキセントリック局面にフォーカスして負荷をかけて行うトレーニングのことをいい、筋力やパワーを高めることにつかがると考えられています。
エキセントリックトレーニングには速い効果と遅い効果がある
Julio氏はHyldahl氏によるレビューを参考にエキセントリックトレーニングによる効果を説明しています。
- 非常に速い効果:神経適応やincreased inflammation sensitivityなど
- 遅い効果:muscle-tendon complex adaptationsやECM remodelingなど
- 数回のセッションで多くの適応が見られるが長期的見られるのは主に腱や結合組織の強力な適応
- エキセントリック要素に過負荷をかけると筋繊維にも大きなダメージを与える
- 筋繊維へのダメージは特に初日に起こる事が多く、その後多くの適応がみられる
- 同じことを繰り返すと反復効果が現れて適応が減少する
- 単に負荷だけではなく、いろんな要素が筋や身体全体の組織を適応させるのに必要
エキセントリックトレーニングをプログラムに取り入れる場合、効果が速い段階で起こるものと遅く起こるものがあると理解する必要があります。実施したアスリートに対してどんな適応が起こるのかS&Cコーチが把握できなければ狙った効果を与えることができません。
エキセントリック負荷は特に初期の段階で筋肉へのダメージが大きいため、アスリートに対して適切なケアを行わなければ筋肉痛などにより競技自体のパフォーマンスに悪影響を与える可能性があります。
完全に筋肉痛が起こるのを防ぐことはできないかもしれませんが、筋肉痛をできるだけ減らせるようなアプローチを取ったり、エキセントリックトレーニングを取り入れる時期を考える必要があります。
また、エキセントリックトレーニングで同じことを繰り返すと適応が薄れてしまうため、トレーニングの方法を工夫しながら変化をつけることを意識しましょう。
エキセントリックトレーニングは過負荷と回復のバランスが大切
バルセロナにある学校のJulio氏の教え子による研究で以下のことが示されました。
- 数回のセッションで筋力とパワーに大きな適応を得ることができる
- エキセントリック過負荷による大きなダメージを避けるための相互的な介入が必要
- プラットフォームやポールを使って適切な振動刺激を与えるとDOMS(遅発性筋痛)やエキセントリック過負荷による適応の負の部分を大幅に軽減できる
- トレーニングをするときは回復と過負荷を調整する必要ある
- 例えば試合やヘビーセッションの後に筋を再生させる時、筋に過負荷をかける時では全く異なるセットアップが必要で適切なコンディションで行わなければならない
数回のセッションでも筋力とパワーに大きな適応が得られるということはトレーニングできる時間が限られている時に重要な要素となります。トレーニングに充てられる時間を把握し上手くエキセントリックトレーニングを取り入れると、アスリートのパフォーマンス向上に繋げられる可能性は上がります。
エキセントリックトレーニングを実施するタイミングには気を付ける必要があります。筋繊維に大きなダメージが初期の段階では特に大きいため、アスリートの身体がすでに疲労していたり、体力がない状態で実施するには向いていません。S&Cコーチはアスリートの身体の状態とエキセントリック負荷をかけるタイミングをコントロールしなければなりません。
筋肉痛などのエキセントリック過負荷による負の適応に対するアプローチとして、筋肉に振動刺激が効果的だと示されています。最近は様々な振動器具が出てきており、振動刺激によるアプローチは身近なものになってきました。短時間で選手自身でできるセルフケアなのでとてもおすすめです。
最近だとマッサージガンが手軽に携帯できて、様々な身体の部位に使えるためアスリートのセルフケア器具として人気があり、当ブログでも持ち運びが簡単な器具として紹介しているので気になる人は参考にしてください。
フライホイールを使用したエキセントリックトレーニング
スペインのユースチーム対象に行った研究で複合的エキセントリック過負荷トレーニング、*フライホイールによるエキセントリック過負荷を利用したトレーニングや振動台、その他の数種類の運動を組み合わせたものと従来型の方法が行われました。
- 方向転換テストV-cutでは機能的エキセントリック過負荷トレーニングをした群に大きな改善あり
- 円錐型のフライホイールを使った機能的エキセントリック過負荷が有用
- 何を求めるかによって水平(前後)方向や横方向あるいは捻りなど異なる種類のベクトルを使うべき
- よりジャンプ力を強化したい → 縦方向、横方向のジャンプ、方向転換を行う
エキセントリックトレーニング+変動性で認知的適応が向上
Bruno Fernandes-Valdesの博士論文で複雑さを増すためにボールを導入した研究が行われました。
- エキセントリック過負荷装置を使いながらボールを使うとタスクに変動性が生じる
- エントロピー(乱雑さ)が大きくなりパフォーマンスが不安定になったり、変動性が増したりして、認知的適応を獲得する上でより優れたトレーニングとなる
- この種のタスクをボールの有無で6週間実施し、最初の数週間でかなりの差が出た
- トレーニングの最初の段階でボールなし群と比較するとボールを使った群の方がエントロピーが高かった → その後均等になり始める
- 重要なのはエントロピー指標での変動性のモニタリングは適切なタイミングを制御するのに使えるかもしれないこと
- エクササイズの複雑さや変動性を変えたり改善したり、減らすこと、つまり適切なタイミングでボールをパスすること、別のタイミングで悪いパスやいいパスを行って練習の難易度を調整できる
エキセントリックトレーニングに複雑さを加えると、認知的適応能力の向上にも効果があるとされています。複雑さの基準としてエントロピー指標が使われていて、ボールを使うと初期の段階で高くなり、徐々にボールなしと同じまで低下します。
エントロピー指標を高い状態に維持するためにはパスの位置やタイミングなどを適切に変化させることが重要です。S&Cコーチはエキセントリックトレーニングに複雑さを加える場合、アスリートの体力やエントロピー指標に応じて様々な工夫によって難易度をコントロールをする必要があります。
サッカーやバスケットボールなどの球技ではパスやドリブルなど、ボールを上手く使うことで様々な負荷を掛けることができそうです。競技によって認知的適応能力の向上はパフォーマンス向上の重要な要素の1つになるので、必要に応じてトレーニングプログラムに取り入れることも考えられます。
エキセントリックトレーニング過負荷装置の代用としてゴムバンドを使う
エキセントリック過負荷装置を用意することが難しいチームや施設は多いのではないでしょうか?
チームや施設としてフライホイールを置いたり、使用したりするスペースがなかったり、購入する資金がなかったりしますし、公共の施設を利用するにしても設置している場所はほとんどないでしょう。
エキセントリック過負荷装置を準備できない場合はゴムバンドで代用することができます。
ゴムバンドを使った使用方法例は以下の通りです。
- 2人組でウォームアップに取り入れる
- ボールなし、ボールあり、足でコントロール
- フロントステップ(後ろから引っ張る)、ボールの扱い、テクニックに変化をつける、後ろ向き
ゴムバンドでも同様で選手にとって不安定な状況を作ることが大切です。
2人組のウォームアップを行う例として、ゴムバンドの内側に2人が入りお互いが同時に反対方向へサイドステップを行ったり、ボールを加えて難易度を上げたりすることができます。
ゴムバンドのメリットはフライホイールに比べて非常に低価格で入手できること、置く場所に困らないこと、複数用意できるので一度に多くの選手が実施できること、持ち運びが簡単で遠征先で使用できることなどがあります。
また、コロナによるホテルや自宅での待機やジムに行けない状況に置かれた場合、限られたスペースでもゴムバンドを使用してエキセントリックトレーニングを行うことで自体重によるトレーニングのみを行うよりも大きな負荷を身体に与えることができます。
エキセントリックトレーニングはレジスタンストレーニングの中では主となるものではなく、バーベルやダンベルを使ったフリーウエイトによるウエイトトレーニングが基本となるため、わざわざエキセントリック過負荷装置を準備しなくてもゴムバンドを使用するだけで十分な場合が考えられます。
コロナ隔離期間で実施されたエキセントリックトレーニング
Julio氏が指導するプロサッカーチームではコロナによる隔離期間にチームの選手たちにフライホイール、ゴムバンド、自転車エルゴメーター、トレッドミルを配布してトレーニングを行いました。Julio氏が注意した点は以下の通りです。
- 脚の筋と組み合わせて全ての股関節の筋を活性化させる様々な方法を説明
- ゴムバンドは選手の筋力に応じて調整
- 大臀筋を使う為にサイドランジは非常に深く
- 代謝を高める為にダイナミックなエクササイズを紹介
- コーディネーション運動
- 衝撃を受ける機会が大幅に減少するのでジャンプはとても大切(縦、横方向)
隔離期間などの制限のある環境ではトレーニングの強度を出すことが難しいので関節可動域を大きくすることをウエイトトレーニングと同等以上使うことを意識することが大切です。少しでも多くの範囲の筋肉を大きな強度で刺激を与える工夫が必要です。
重りや器具が十分に使えない環境ではジャンプの踏み切りや着地動作で起こる大きな衝撃は積極的に活用し、強度をできるだけ下げないようにしましょう。
隔離後の選手たちの身体の影響
- 高速で走ったり、芝生の上で方向転換をすると選手たちのふくらはぎや大臀筋、背筋群にDOMSが生じた
- 隔離中に筋力トレーニングを強調していたが、高速ランニングや方向転換で得られる全てのものを補うことはできなかった
- 理由はそれらを実施する十分なスペースがなかったから
限られた器具やゴムバンドによるエキセントリックトレーニングのみではトレーニング強度を維持することは難しいことがわかりました。様々な要素が制限される環境ではできるトレーニングが限られているため、体力が減少することは避けられませんが減少量を減らすことが大切になります。
隔離後はトレーニング強度が上がるので選手たちの筋肉痛の発生が考えられます。フォームローラーや振動マシン、マッサージガンなどのコンディショニングツールを活用し、競技への影響を減らすための対策をしていきましょう。
エキセントリックトレーニングは筋力維持に効果的?
Julio氏はエキセントリックトレーニングの筋力維持への有用性を2つの研究を挙げて説明していました。
スウェーデンで実施された研究プロジェクト
20人の学生を3ヶ月間ベッドレストさせる研究では110日間の運動制限が行われました。
- フライホイールを使ってエキセントリック過負荷のトレーニングを行うと筋力が維持され、筋によっては筋力が向上 → 運動制限による筋力低下を補うことができる
- 10日間という短い期間でも気分の変容が見られ、免疫の変化もある
- 選手たちは運動制限を強いられることに不慣れなため、気分の変容は重要
エキセントリックトレーニングの有無による効果を比較した研究
この研究は5週間実施されました。
- 片足のみに負荷をかけた場合の影響、両足歩行と片足歩行
- エキセントリック要素を含む筋力トレーニングの有無で大きな違いがある
- トレーニングをしないと大きく低下しトレーニングをすると筋力は増加
- 他の姿勢筋でも寝たきりや座ったままの状態(運動制限)あるいはベッドレストの期間を経ると全ての姿勢筋が減少
これら2つの研究に対する注意点として、エキセントリックトレーニングをしたグループと何もしていないグループの比較は行われていますが、他のトレーニングとの比較がされていないということです。
もしかしたらエキセントリックトレーニングでなかったとしても、別の運動やトレーニング方法を実施したとしても筋力の維持が同等以上になる可能性を考慮しなければなりません。ゴムバンドを使ったエキセントリックトレーニングは安価で準備ができ、限られたスペースでも実施できるので隔離期間には有効なトレーニング方法の1つだと考えられます。
まとめ:エキセントリックトレーニングはコロナ隔離期間の有効なトレーニング方法
Julio氏の講義ではエキセントリックトレーニングの有用性や活用法、コロナ隔離期間での実施方法が紹介されました。
- エキセントトレーニングには速い効果と遅い効果があり、初期の段階で筋繊維へのダメージが大きく、長期的には主に腱や結合組織への強力な適応が起こる
- 同じことを繰り返すと適応が減少するため、変化をさせることが大切
- 数回のセッションでも筋力やパワーに大きな適応があるため、時間がない時に有効
- 初期の大きなダメージによる筋肉痛を減らすため、振動刺激などによるケアを行う
- 身体への負荷の大きさを考慮して、トレーニング実施のタイミングを調整する
- 円錐型のフライホイールでは様々な方向への過負荷をかけることが可能
- エキセントリックトレーニング+変動性で認知的適応能力が向上する
- エキセントリック過負荷装置の代用としてゴムバンドを使う
- 隔離期間などの制限された環境でもゴムバンドのエクササイズは実施可能
エキセントリックトレーニングはアスリートに対する主となるトレーニング方法ではありませんが、メリット・デメリットを把握することでアスリートにプラスの影響を与えることができそうです。
特にゴムバンドを使うことは、資金が十分にあるプロ選手やチームでなくても簡単に入手できる上、持ち運びができるので運動のアシスタントツールとしても活用が期待できます。
S&Cコーチやアスリートは可能な範囲でエキセントリックトレーニングを取り入れてパフォーマンス向上につなげていきましょう。
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